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東京高等裁判所 平成元年(ネ)3751号 判決

甲事件控訴人、乙事件被控訴人 瀧野川信用金庫

(以下「第一審原告」という。)

右代表者代表理事 浅香誠之助

右訴訟代理人弁護士 海地清幸

同 正野朗

甲事件被控訴人、乙事件控訴人 サンシコー株式会社

(以下「第一審被告」という。)

右代表者代表取締役 中善弘

甲事件被控訴人、乙事件控訴人 株式会社コスモブック

(以下「第一審被告」という。)

(旧商号・株式会社コスモ・ビーエフブック)

右代表者代表取締役 高橋和昭

右両名訴訟代理人弁護士 平松久生

甲事件被控訴人 サンブック株式会社

(以下「第一審被告」という。)

右代表者代表取締役 小出弘昭

主文

一  第一審原告の控訴を棄却する。

二  原判決中第一審被告サンシコー株式会社及び同株式会社コスモブックの敗訴部分を取り消す。

三  第一審原告の第一審被告サンシコー株式会社及び同株式会社コスモブックに対する請求は、当審における追加的請求部分を含め、いずれもこれを棄却する。

四  訴訟費用は、第一審原告と第一審被告サンシコー株式会社及び同株式会社コスモブックとの関係では第一、二審とも第一審原告の負担とし、第一審原告と第一審被告サンブック株式会社との関係では控訴費用(当審における追加的請求に係る分を含む。)を第一審原告の負担とする。

理由

一  根抵当権に基づく請求について

第一審原告は、まず、第一審被告らの本件建物二の建築・使用及びそれによる本件土地二の占有によって本件根抵当権が侵害されているとして、根抵当権に基づく妨害排除請求権を根拠に本件請求をするので、この点を検討する。

ところで、その前提となる第一審原告主張の請求原因1ないし5の事実については、第一審被告サンブック株式会社は明らかに争わないからこれを自白したものとみなし、また、第一審被告サンシコー株式会社、同株式会社コスモブックとの関係では、原判決理由第二の二認定のとおりであるから、これを引用する(ただし、右二認定の事実のうち原判決一四枚目裏四行目の「本件建物二」以下の部分を除く。)。

以上の認定事実によると、本件建物二の建築の結果、本件建物一とその敷地部分は、道路への出入口を塞がれた形となって、その効用を著しく阻害され、その結果、最低売却価額が三割減額されて評価され、当然、競落価額もそれに見合って相当程度低下し、本件根抵当権の被担保債権の満足が得られないおそれが高くなったということができる。

しかしながら、抵当権は、設定者が占有を移さないで債権の担保に供した不動産につき、他の債権者に優先して自己の債権の弁済を受ける担保権であって、抵当不動産を占有する権原を包含するものではなく、抵当不動産の占有はその所有者にゆだねられているものである。したがって、所有者は、抵当不動産をその経済的用途に従って自ら使用収益することはもちろん、あるいはこれを第三者に賃貸・譲渡することができ、抵当不動産を滅失ないし毀損して抵当権者の把握している担保価値を喪失ないし減少させるような場合を除き、抵当権者はその占有・使用関係に干渉を加えることはできないと解される。抵当不動産が土地である場合には、その地上に建物を建築して使用するということもその通常の使用方法として許されるのはもちろんである。

確かに、抵当権者に対抗できない賃借権に基づきあるいは不法に目的物を第三者が使用収益している場合を考えると、そのような第三者がいるということだけで、往々、抵当権実行に際して競落価額が相当低くなり、その結果抵当権者の満足が得られなくなる事態がみられるところである。しかしながら、前記のように、抵当不動産の使用収益は抵当不動産の所有者にゆだねられていて、抵当権者の干渉を許さないところであるから、抵当権者としては、抵当権設定時にこのような事態の生ずることをも当然予想してその担保価値を評価すべきものであって、このような事実上の不利益を抵当権の侵害と捉え、抵当権の実行前に、抵当権者をしてその占有の排除を認めることまでは許されないといわなければならない。そのような場合には、抵当権実行後、抵当権者に対抗し得ず抵当権の実行により消滅する賃借権に依拠して抵当不動産を占有する賃借人又は不法占有者に対し、抵当不動産の買受人は、民事執行法八三条(一八八条により準用される場合も含む。)による引渡命令又は訴えによる判決に基づいてその占有・使用を排除することが可能であり、これにより、結局、抵当不動産の価値の保存は図られるのである(なお、最高裁平成元年(オ)第一二〇九号、同三年三月二二日判決参照)。

そして、以上の理は、たとえ抵当権者が抵当権の実行に着手した段階に至っても、何ら変わるものではない。

そうすると、本件でも、前記のように、本件建物二の存在とそれによる本件土地二の占有・使用により、本件建物一とその敷地の効用が事実上害された状況にあり、そのため、競落価額が相当程度低下することが見込まれないではないが、そのような不利益をもって直ちに根抵当権の侵害と捉え、根抵当権者をして右使用関係に干渉することまでは認められないといわなければならない。本件建物二の存在によって生じた本件建物一及びその敷地の効用が害されている状況は、抵当権実行後に、買受人が、最終的には訴えによる判決等に基づきその排除をすることで、回復すべき問題である。

なお、本件では、本件建物二が建築されたのは、本件根抵当権の被担保債権の債務者である第一審被告サンブック株式会社の倒産が間近い時期、すなわち、根抵当権の実行が予測される時点であり、しかもその態様は、わざわざ本件建物一の道路側にある土地上に本件建物一と接着して本件建物二を建築するという形で行われたという関係にもあるから、本件建物二の建築、使用は、一種の執行妨害の意図の下で行われたもので、権利の濫用に当たるのではないかという疑いもないではないが、本件は、単に出入口に障害物を設置して通行を妨害する等専ら執行妨害を目的としたそれ自体無価値なものではなく、客観的な形態としては、あくまで抵当不動産たる土地の上に家屋を建築し、それを使用するという土地の通常の利用方法に属するものであるから、仮に本件建物二の建築が執行妨害の意図の下に行われたものであったとしても、そのこと故に、これを抵当権侵害のみを目的とした妨害物とみることはできない。もとより、このような場合でも、抵当権設定者の故意による執行妨害行為が、抵当権侵害という不法行為を構成するならば、抵当権者は、別途、かかる抵当権設定者に対して、その損害の賠償を求めることが可能ではあろうが、そのことは、右の理を変更するものとはいえない。

二  債権者代位権に基づく請求について

次に、債権者代位権に基づく請求について検討するに、前記のように、本件建物二の建築、使用は、根抵当権者である第一審原告に事実上の不利益を及ぼすとしても、抵当不動産の使用・収益の方法として許容され、根抵当権者はその使用関係に干渉できないものであるから、根抵当権者である第一審原告が、根抵当権設定者に対して有する根抵当不動産を保存維持すべきことを請求する権利なるものに基づき、根抵当不動産の所有者である根抵当権設定者に代位して、根抵当不動産の占有者に対し、自己又は設定者あてに本件建物二の収去ないし退去を求め、もしくは、本件土地二の明渡しを求めることは、いずれもその前提を欠き失当といわなければならない。

三  結論

したがって、本件建物二の建築・使用及びそれによる本件土地二の占有によって本件根抵当権が侵害されているとして、根抵当権に基づく妨害排除請求権又は債権者代位権に基づいて、第一審被告サンブック株式会社及び同サンシコー株式会社に対して本件建物二からの退去と本件土地二の明渡しを求め、併せて第一審被告株式会社コスモブックに対して右建物の収去と右土地の明渡しを求める第一審原告の主位的請求及び右第一審被告らに対して、それぞれ第一審被告中尾かくに右同様の行為を求める第一次予備的請求はいずれも理由がなく、また、第一審被告サンブック株式会社及び同サンシコー株式会社に対して本件建物二からの退去を求め、併せて第一審被告株式会社コスモブックに対して右建物の収去を求める当審における第二次予備的請求はいずれも理由がなく、失当としてこれを棄却すべきである。したがって、第一審原告の原審における予備的請求を認容した原判決はこれを取り消すべきであり(もっとも、第一審被告サンブック株式会社からは、右予備的請求を認容した部分について控訴がされていないので、この部分については不利益変更禁止の原則により原判決は維持されることとなり、したがって、第一審被告サンブック株式会社に対する当審における第二次予備的請求については、判断する必要をみない。)、第一審原告の控訴は理由がないので、これを棄却することとし、第一審被告サンシコー株式会社及び同株式会社コスモブックの控訴は理由があるので、原判決中第一審被告サンシコー株式会社及び同株式会社コスモブックの敗訴部分を取り消し、当審における追加的請求部分を含め、第一審原告の右両名に対する請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 大坪丘 近藤壽邦)

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